ビックデータより理論のほうが優れている?




 ビッグデータのみに頼ったり、人間は合理的に行動することを前提に考えたりしても、マーケティングやブランディングは成功しない。だが、ダーウィンの進化論のような、あらゆる事象を説明できる「万能酸」が、マーケティングの世界にもある。それは、行動経済学だ。

 哲学者のダニエル・デネットは、著書『ダーウィンの危険な思想』(邦訳・青土社)の中で、ダーウィンの「進化論」は「万能酸(universal acid)である」と述べている。万能酸とは、どんなものでも溶かしてしまう最強の薬品だ。すなわち、「進化論」は、生物進化以外のものを含むあらゆる事象を説明できる「唯一にして最良の思想」であるということだ。

 マーケティングの分野にも万能酸にあたる理論が必要ではないだろうか。業界の一部には「もはや理論は役に立たない」と指摘する声があることは事実だ。ビッグデータの方が、理論よりも信用できるというわけだ。だが、私はその認識は誤りだと思っている。ビッグデータからは、消費者の購買行動について大量の生データを得ることができる。ただし、それだけだ。経済学者のフリードリヒ・ハイエクは、「理論なくして事実はものを語らず」と説いた。データをもとにして人間の意思決定に関する知見を得るには、幅広い領域をもカバーする「理論」が必要なのだ。

 マーケティングの万能酸になりうるのが「行動経済学」だ。行動経済学ならば、定量的データからは読みとることのできない消費行動の真実に迫ることができる。

 人間の脳には、とても大きな負荷がかかっている。そこで脳は、省力化できる処理は、可能な限りそうしようとする。このように近道を選ぶ方法を「ヒューリスティックス」と呼ぶ。これは行動経済学の権威であるダニエル・カーネマンが示した「認知的安らぎ(cognitive ease)」の作用に基づくものだ。つまり、脳は高負荷を避けることで「安らぎ」、すなわち安定性を得ようとする。「壊れていないのなら、(多少不具合があったとしても)直さなくてもいいじゃないか」と考えるのだ。

 このような脳の働きのために、私たちは憶測や先入観、思考停止、固定観念などを用いるようになった。これらは使えば使うほど私たちの思考に深く染みついていく。これらから自由になるのは容易ではない。

 販売やマーケティングに関する私たちのよくある思い込みの多くは、まさしくこうしたタイプのヒューリスティックスによるものだ。たとえば「人間は合理的な存在である」「購買行動には因果関係がある」「消費者には(商品を選ぶための)完全な情報が与えられている」「消費者は正当な根拠があって行動する」「アンケート調査は有効である」など。これらはいずれも、その根拠に矛盾がある。しかし、私たちは安易で都合のよい認識を選びがちなのだ。

 こうした認識は、誤解に基づくものであり、正しくない。行動経済学の知見を知ることで、消費者の行動や意思決定に関わるモチベーションに対する見方が、ガラリと変わることだろう。

 伝統的な経済学の根幹には「合理的な人間」という概念が横たわっている。西洋のビジネスは、すべてを物理学か数学のように測定し、説明できるものとする考え方に染まっていた。

 しかし、行動経済学が40年間積み重ねてきた知見によれば、人間というものは、私たちが思っている以上に感情や無意識のプロセス、環境の変化に左右される。人間を知るためには、どちらかというと物理学や数学よりも、生物学や心理学の考え方の方が重要になる。

 行動経済学が教えるもっとも重要な真実は、おそらく「感情が意思決定の中心を占める」ということだろう。

 人間は誰もが6つの感情(怒り、恐れ、嫌悪、幸福、悲しみ、驚き)を持っているが、これらは総体として私たちが進化の過程で生き残るのに必要なものだった。感情は、しばしば無意識のうちに私たちに最大利益をもたらすように働く。そのために合理性を排することもある。

 私たちは合理性を過大評価しているのではないだろうか。合理性よりも感情を重視するならば、たとえば「ブランディング」の意味も変わってくる。ブランディングとは、単に商品メッセージを顧客の心に留めさせることではない。自分たち(企業)はどういう存在なのか、あるいは何をめざすのかといった理念をブランドに反映し、それをさらに高めるものということになる。

 行動経済学の中核にある考え方の1つに「人間の脳には2つのそれぞれ特徴をもったシステムが働いている」というものがある。これはカーネマンのベストセラー『ファスト&スロー』(邦訳・早川書房)によって広く知られるようになった。

 脳にある「システム1」と「システム2」という2つのシステムのうち、「システム2」は、「自分自身」をしっかりと意識する。自分は何者であり、どのように振る舞うかを自覚し、コントロールする。このシステムは比較的処理スピードが遅い。自分の利益を最大化することを優先し、計算ずくで動く。また、行動とそれがもたらす結果について、長期的な視点で見る傾向がある。

 一方「システム1」は、心理学用語で「適応的無意識(the adaptive unconscious)」(※「抑圧されたもの」ではなく、進化における適者生存に必要なものとして捉えられた無意識)と呼ばれるものだ。これは進化の早い段階で人類に備わったシステムである。

 システム1は、「今、ここ」で起きている事象に一瞬にしてフォーカスし、自動的にすばやく処理をする。ときに間違いを犯すこともあるが、その瞬間には最善と考えられる判断をする。

 私たちは、システム1が自らのコントロール下にあり、そこでの判断は自分自身が下したものであると思いたい。おそらくそのように見なすことが、マーケティングや広報、調査などに関わる人々にとっては重要なのだろう。しかし、私たちの判断の大部分は、私たちのコントロールの及ばない要素によって行われることを、行動経済学は示している。自分が自分の行動や判断をすべてコントロールできるというのは幻想にすぎないのだ。

 私たちは、進化の過程で適者生存と繁殖のチャンスをできるだけ広げるべく物事を判断し、行動してきた。そのチャンスを逃さないように、システム1の処理が「緊急」や「瞬時」に偏っているのである。

 その結果、私たちは未来を予測するのが苦手になった。現在のことだけを考えて行動しがちなのだ。ふだん私たちが「予測」と思っているものの大半は、実は本当の予測ではない。社会心理学者のダニエル・ギルバートが「ネクスティング(nexting)」と名づけたものにすぎない。すなわち、「現在」に「過去」の要素を少々加え、あたかも「未来」であるかのように作り上げたものだ。

 本当の意味での「予期せぬできごと」(ナシーム・ニコラス・タレブが言うところの「ブラック・スワン」)は、私たちの脳が備える力のはるか上を行く。だから、インターネットや多機能携帯電話、2008年の世界金融危機、出版界に衝撃を与えたベストセラーなどを誰も予測できなかったのだ。

 人間が未来を予測できないとするならば、まだ世に出していない新しいブランドを購入するか否かを、消費者アンケートで尋ねるのは愚かしいことだとわかるはずだ。


引用元
行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる


この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/447486176
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック